残して立ち去ったもの……と想像する事が出来るでしょう」
「……驚いた……全くその通りです。養父《ちち》の考えと一分一厘違いありません」
「そうでしょう……これが一番常識的な考え方で、前後を一貫した事実のすべてとピッタリ符合するのですからね」
「そうです。それ以外に考えようは無いと思われるのですが」
「そうでしょう……しかしここで、今一歩退いて別の方面から観察したら、どんなものでしょうか……つまりこの事件には、そのような犯人が全然居なかったとしたら、どんな事になるでしょうか」
「……エッ……犯人が居ない……」
「そうです。つまりその当九郎という甥が、この事件に結び付けられているのは、人々の想像に過ぎないとしたらどうでしょうか……実際と一致する想像は、よく正確な推理と混同され易いものですからね……甥の当九郎はホントウに青雲の志を懐《いだ》いていたので、そのまま一直線に外国へ行ってしまって、この方面には全然寄り附かなかったとしたら……どうでしょうか……そんな事はあり得ないと云えましょうか」
「サア……それは……」
「……又……実松氏の貯金を無くしたのは誰でもない実松氏自身で、その金は遊興費か
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