その音が鳴りおわるまで彼女は、机の上にあらわな両腕を投げ出して、ウットリと眼を据えていた。唇をすこし開いたまま……そうして時計の音が一つ一つに室の中を渦巻いて、又、もとの真鍮《しんちゅう》の振り子の蔭に消え込んでしまうと、彼女は頭を使い切ってしまった人のように、両手を顔に当ててグッタリとなってしまった。
けれども、それはホンの一分か二分の間であった。……どこか隔たった室で話しているらしい男の声が、廊下に面した扉《ドア》の間からホソボソと沁《し》み込んで来るうちに……
……品夫……
……復讐……
……という二つの言葉が偶然のように相前後してハッキリと響いて来ると、彼女はパッと顔を上げた。アヤツリ[#「アヤツリ」に傍点]人形のように真正面を見据えて、何ともいえない怯《おび》えた表情をしながら、全身をヒッソリと硬ばらせたようであったが、やがて大急ぎで足下の反射ストーブを消して、頭の上にゆらめく百|燭光《しょっこう》のスイッチを注意深くひねると、真暗《まっくら》になった薬戸棚の間を音もなく廊下に辷《すべ》り出た。やはり真暗な玄関を隔てた向側に在る、患者控室の扉《ドア》に近づいて、ソッ
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