ト鍵穴に眼を当てた。
患者控室は十畳ばかりのリノリウム張りであった。そのまん中には、薄暗い十燭の電燈がブラ下がっていたが、その下に据えられた大火鉢に近く、二人の男が長椅子を引き寄せてさし向いになりながら股火《またび》をしているのであった。
扉《ドア》に背を向けているのは若い院長の健策で、糊《のり》の利《き》いた診察服の前をはだけて、質素な黒|羅紗《らしゃ》のチョッキと、ズボンを露わしている。背丈はあまり高くないが、その胸高に組んだ逞ましい腕や、怒った肩や、モシャモシャした頭や、健康そのもののように赤光りする顔つきは、まだ純然たる書生|型《タイプ》で、院長らしい気取った態度は微塵《みじん》もない。ウッカリすると柔道かボートの現役選手に見られそうな風采である。
これに反して向い合った男は、蒼黒く肥った、背の高い、堂々たる風采のイガ栗頭であった。四十代に見える、鼻すじの通った貴族的な顔に、ロイド式の大きな黒眼鏡をかけて、上等の駱駝《らくだ》の襯衣《シャツ》を二枚重ねた上から、青縞の八反の褞袍《どてら》を着ているが、首のまわりにクッキリと白くカラのあとが残っているのが何となく意気に見える
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