から後《のち》暫くの間、殺生は無論の事、本職の獣医の方も放《ほ》ったらかしにして、毎日のようにK市の遊廓に入《い》り浸《びた》ったものだそうで、お磯婆さんや、養父《ちち》の玄洋が泣いて諫《いさ》めても、頑として聴き入れなかったという事です」
「……いかにも……。そんな性格の人は気の狭いものですからね。ほかに仕様がなかったのでしょう」
「ところがです……ところが、その三月の何日とかは、ちょうど今日のような大雪が降った揚句《あげく》だったそうですが、その夕方の事、真赤に酔っ払った源次郎氏が雪だらけの姿で、久し振りに自分の家に帰って来ると、茶漬を二三杯掻き込んだまま、お磯が敷いた寝床にもぐり込んでグーグーと眠ってしまったそうです」
「話も何もせずにですか」
「無論、寝るが寝るまで一言も口を利かなかったそうです。これはいつもの事だったそうで……ですからお磯婆さんも別に怪しまなかったばかりでなく、久し振りに枕を高くして品夫と添寝《そいね》をしたのだそうですが、あくる朝眼を醒ましてみると源次郎氏の姿が見えない。蒲団《ふとん》は藻抜《もぬ》けの空《から》になっているし、台所の戸口が一パイに開け放され
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