切屑を机一パイに散らかしていた。押絵の三人一組が二円。軍隊の襯衣《シャツ》縫いと足袋の底刺しが一日十何銭、米が一|升《しょう》十銭といったような言葉がまだ六歳の私の耳に一種の凄愴味を帯びて泌み込むようになった。一間四方位の大きな穴の明いた屋根の上の満月を、夜着の袖から顔を出してマジマジと見ていた記憶なぞがハッキリと残っている。
 父が東京から電報為替で金一円也を送って来たのもその頃であったという。
 広崎栄太郎という父の旧友が、賭将棋で勝った金十七銭也を持って来て、私の一家の餓《うえ》を凌《しの》がしてくれたのもその頃の事であったと、その後に父から聞いた。

 その家にどこからともなく帰って来た父が、私の頭を撫でる間もなく、剃刀《かみそり》を取出してしきりに磨ぎ立て、尻をまくってアグラを掻き睾丸《きんたま》の毛を剃り初めたのには驚いた。何でも睾丸《きんたま》にシラミが湧いたから剃るのだ……といったような事を話していたから、余程、落魄《らくはく》して帰って来たものであったらしい。
「門司の石田屋という宿屋で頭山《とうやま》と俺とが宿賃が払えずに、故郷を眼の前に見ながらフン詰まっていた。と
前へ 次へ
全28ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング