ろですよ。然るにだんだんと故郷に近づくに連れてあの帽子が気になりました。在郷の同志が、身動きもならぬ程貧乏し、落魄《らくはく》している顔付きを思い出すに連れて、十円もする帽子を大得意で帰って来る自分の心理状態が恥かしくて、たまらなくなりましたから、汽車が博多駅に着く前に折畳んで懐《ふところ》に入れて、知人に会わぬようにコソコソと只今帰って参りました。途中でこの帽子をドウ仕末しようかと考えましたが、結局アナタ(お祖父様)に差上るよりほかに道がないと気が付きました。アナタに差上るのならばドンナに身分不相応なものでも恥かしくないことが、わかると同時に、日本の国体のありがたさがイヨイヨハッキリと心に映じました。人間はエラクなると増長したくなるものです。栄耀栄華《えいようえいが》をしたくなるものです。しかも、それが威張れば威張るほどツマラヌ奴に見えて来るし、栄耀をすればする程、自分の恥を晒《さら》すことになるものですが、不思議なことに、ドンナに身分不相応な事でも、天子様と、神様と、親様の御為《おんため》にする事なら、決して恥かしくないことがわかりました。日本人たる者は、天子様と、神様と、親様のた
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