る無良心の功利道徳が作る惨烈《さんれつ》なる生存競争、血も涙も無い優勝劣敗掴み取りのタダ中に現在の日本が飛込むのは孩子《あかご》が猛獣の檻《おり》の中にヨチヨチと歩み入るようなものであります。この日本を救い、この東洋を白禍《はっか》の惨毒から救い出すためには、渺《びょう》たる杉山家の一軒ぐらい潰すのは当然の代償と覚悟しなければなりませぬ。私は天下のためにこの家を潰すつもりですから、御両親もそのおつもりで、この家が潰れるのを楽しみに、花鳥風月を友として、生きられる限り御機嫌よく生きてお出でなさい」
その時はまだ私が生まれていない前だったから、果してこの通りの事を云ったかどうか保証の限りでないが、その後《のち》の父は正しく前述の通りの覚悟で東奔西走していたし、お祖父様やお祖母《ばあ》様も、母までも、その覚悟で、あらん限りの貧乏と闘いつつ留守居していた事を、私は明らかに回想する事が出来る。なつかしい、恨めしい、恐ろしい、ありがたい父であった。
父は或る時、お祖父様に舶来の洋傘《こうもり》のお土産を持って来て差上げた。それは銀の柄の処のボタンを押すとバネ仕掛でパッと拡がるようになっていた
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