に、父のモジャモジャ頭の中から真赤な滴りがポタリポタリと糸を引いて畳の上に落ちて流れ拡がり初めた。しかし父は両手を突いたままジッとして動かなかった。
 お祖父様は、座布団の上から手を伸ばして、くの字型に曲った鉄張り銀象眼の煙管を取上げ、父の眼の前に投げ出された。
「真直《まっす》ぐめて来い(モット折檻してやるから真直にして来いという意味)」
 と激しい声で大喝された。
 父は恭《うやうや》しく一礼して煙管を拾って立上った。その血だらけの青い顔が、悠々と座敷を出て行くところで、私の記憶は断絶している。多分泣き出したのであろう。
 それが何事であったかは、むろんわからなかったし、後《のち》になって父に聞いてみる気も起らなかった。

 父は十六の年に、お祖父様を説伏《ときふ》せて家督を相続した。その時は父は次のような事をお祖父様に説いたという。
「日本の開国は明らかに立遅れであります。東洋の君子国とか、日本武士道とかいう鎖国時代のネンネコ歌を歌っていい心持になっていたら日本は勿論、支那、朝鮮は今後百年を出《い》でずして白人の奴隷と化し去るでしょう。白人の武器とする科学文明、白人の外交信条とす
前へ 次へ
全28ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング