玄洋社葬にしたいという電報が来たから、これも独断で拝承して後《のち》に一同に報告した。
 父は生前、死体の全部を大学に寄附する旨を大勢の人に云っていたので、母が情なさそうな顔をするのを押し切って、その通りに決行した。その前に父のデスマスクを斎藤という人が取って下すったが、そのデスマスクを取る直前の父の顔は実に満足そうな……生前に見たドノ顔よりも気高い、懐しい微笑を含んでいた。さてはこれが父のホントウの顔であったかナと思うと、又タマラなくなりそうになったので慌てて湯殿に行って顔を洗った。

 葬式は増上寺で盛大に行われた。色々、大勢の人々がやって来て告別の焼香をして下すったが、その中に古びたカンカン帽、素足に駒下駄、浴衣がけにステッキ一本の書生さんが、アッサリと焼香し、叮嚀に叩頭《こうとう》して行ったのを、参列の人々の中で喜んでいる人が相当あった。
「アイツは愉快な奴だ。故人はアンナ調子の人間が一番好きだったからね。あの気軽く焼香に来てくれた心意気が嬉しいじゃないか」
「一層の事、告別式をどこかの野ッ原に持出して、野人葬とすればよかったかも知れないね。野辺送りという位だから……ハハハ」

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