父の友人で、永い間、私等の家族の世話をして下さった人々が協議された結果、私を別室に招いて次のような事を云われた。
「貴方《あなた》のお父さんは貴方個人のお父さんと思ってはいけないと思います。吾々のお父さんであると同時に社会のお父さん……すなわち公人であると思います。だからこの際、相済みませぬが、貴方の個人としての弔意を捨てて、吾々に葬式をさせて頂けますまいか」
 そうした誠意に満ち満ちた言葉は、何もわからぬ程、色々の思い出に混乱していた私の頭を北極の氷のような冷静さに返らせた。そうして一切の覚悟をきめた私は即座にありがたくお受けをした。直ぐに母の前に走って行って頭を下げながら、私の専断の許しを請うと、母は涙に暮れながら、私の手をシッカリと握って云った。
「モウ、これからは何もかもアンタの思い通りにしなさい」
 それから混雑の中を押し分け押し分け妹婿《いもうとむこ》や、養子達に一々、この事を報告してまわった。皆、泣いて頭を下げた。その泣顔と、お辞儀の交換の中に私はダンダンと、そこいら中が明るくなって来るように思った。万事が、一直線に片付いて行きそうな確信が出来た。
 間もなく郷里の福岡で
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