城鉄壁泣かないつもりで、故意に冷然と構えていた。この際、つまらない顔をして見せるのは、他人様の迷惑であるとさえ考えていた。
ところが、その綿を巻いた箸に手を出す人々の指が皆わなないて箸を取り得なかった。もちろん一人残らず顔を引歪《ひきゆが》めていた。その顔があとからあとから引続いて来て、ギクギクと声を立てながら父の顔に手を合わせて行く姿を見送っているうちに、次第次第に私の手がわなないて来た。
私の背後《うしろ》には昨夜から父の最後の喘《あえ》ぎを一心に凝視して御座った羽織袴の頭山さんが、キチント椅子に腰かけて、両手を膝に置いて御座るので、醜体を演じてはならぬと一生懸命に唇を噛んでいたがトテモ我慢し切れなかった。
もちろん母や妹、看護婦なぞいう女共が泣くのは何ともなかったが、男の人達が一々唇をわななかし、咽喉《のど》をヒクヒクさせて行かれるのが一々胸にコタエた。最後に、色の黒い若い、田舎の百姓さんが、泣き濡れた顔を私の真正面に持って来て思い切り引き歪めて見せた時には、全く何もかもわからなくなってしまった。今にもコップとお盆を投出そうかと思い思い我慢し通した。
それから間もなく、
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