ておったか知らん。おまけにアイツは地面の代金が余ったと云って五百円の札束を知らん顔をして俺に返したが、ナアニまだ五百円か千円ぐらい暖めている奴だ。アイツはタダの正直者じゃない」
 全く以てその通りであった。

 その後《のち》度々上京したが、時々思い出したようにコンナ事を云った。
「俺が今死んだら貴様はドウするか、他人の厄介にならずに葬式が出来るか」
 この言葉は平生、父が口癖のように云っている「子孫のために美田を買わず」という言葉と明らかに矛盾していたが、私はドチラも父の真情である事を知っていたので、わざと冷笑していた。「俺のような人間になるな」という事もよく云ったものであるが、これも父の或る悲しい、淋しい心理の一角を露出した言葉と察して、謹《つつし》んで、うなだれていた。
 その都度《つど》に私は母に説いて「お父さんが亡くなられたら私は簡単に火葬にして、お母さんや妹と一緒に三等車で九州へ引上げて、極く手軽い葬式をするつもりです。いいですか」と念を押していた。母はいつも涙ながらニコニコしてうなずいていた。
 今年の七月十七日、香椎の球場で西部高専野球の予選を見ている中《うち》に、雇人
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