で父の幼少時代を知っている老人が、父の野良仕事の上手なのを賞めていたのは決して作り事でもオベッカでもない事を知った。
多分、父は早速私に農業の実地教育をしたつもりであったろう。
十九の時に私は母親に無断で上京して、お祖母様と母親を何故九州に放置しておくか……という事に付いて、猛烈に父に喰ってかかった。すると最後まで黙って聞いていた父はニンガリと笑って云った。
「ウム。貴様の神経過敏はまだ治癒《なお》らぬと見えるな。よし、それでは今から俺が直接に教育してやろう。母さんも東京へ呼んでやろう……」
私は三拝九拝して又涙を流した。
「それには先ず中学を卒業して来い。現在の社会で成功するのに中学以上の学力は要らぬ。それから軍隊へ這入《はい》れ。どこでもええから貴様の好きな聯隊に入れてやる」
中学を出て福岡の市役所に出頭し、徴兵検査を早く受けたいと願ったら、吏員から五月蠅《うるさ》がられたので、母等と共に上京して鎌倉に居住し、麻布聯隊区に籍を移し、たしか乙種で不合格となったのを志願して無理にパスした。身長五尺五寸六分、体量十三|貫《がん》に足りなかった。こうした私の入営に対する熱意を父
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