で、そんなものに熱中するとイヨイヨ神経過敏になって、人間万事が腹が立ったり、悲しくなったりするものだ。その神経過敏は農業でもやって身体を壮健にすれば自から解消するものだ。だから万事はその上で考えて見る事にせよ。現在の日本は露西亜《ロシヤ》に取られようとしている。日本が亡びたら文学も絵もあったものでない。そのサ中に早く帰って頂戴なナンテ呑気な事が云っておられるか。雪舟の虎の絵を見せても、露西亜兵は退却しやしないぞ」
 といったような事を長々と訓戒してくれた。
 私は父の熱誠に圧伏されながらも、生涯の楽しみを奪われた悲しさに涙をポトポトと落しながら聞いていた。

 その訓戒が済んでから茶を一パイ飲むと父は私を連れて裏庭に出て自分で指《ゆびさ》しながら、木立の枝を私に卸《おろ》させた。私が筋肉薄弱で鎌《かま》が切れず、持て余しているのを見た父は、自分で鎌と鉈《なた》を揮《ふる》って、薪《まき》の束を作り初めたが、その上手なのに驚いてしまった。カチカチ山の狸と兎が背負っているような、恰好のいい蒔の束が、見る間に幾個《いくつ》も幾個も出来たのを、土蔵の背後《うしろ》に高々と積上げた。出入りの百姓
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