り乱して、眼を剥《む》き歯を噛み出した生きた骸骨《がいこつ》のようなものが、呼吸《いき》をぜいぜい切らして、あおむけに寝ているではありませんか。皆の者はその恐ろしさ物凄さに、皆ペタペタと座ったまま、暫くは口も利けず、身体《からだ》も固くなっていますと、今の怪物はなおも烈しい呼吸を続けて、唇を笛のようにヒューヒューと鳴らしていましたが、やがて片手で身体《からだ》の綱を解《ほど》いて、立ち上ってあたりを見まわしまして、皺枯《しゃが》れた声で――
「美留藻は帰ったか」
 と尋ねました。その時その白い歯は、月の光りに輝いて、皆を嘲《あざけ》り笑っているように見えました。
 この声を聞くと、今まで腰を抜かしていた藻取|爺《じい》と宇潮は、こいつが何でも香潮と美留藻を殺した化物に違いないと思い詰めましたから、急に元気が出て立ち上りまして――
「これ化物、美留藻も香潮も帰って来ぬぞ」
「大方貴様が喰ったのだろう」
 と掴みかからんばかりに睨《ね》め付けました。
 その声を聞くと又怪物は急に嬉しそうに――
「オオ。そう云う貴方はお父さん、私はその香潮です。そして美留藻はまだ帰らぬと仰《おっ》しゃるので
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