の者は、今度はちっとも気を落しませんでした。最早《もはや》この鏡を取らなければ、香潮と美留藻が死んだ甲斐もなく、王様のお望みも絶えてしまうのだ。死んでもこの鏡を引き上げなければ、第一亡くなった二人に対して済まないと、死に物狂いになって夜半過ぎまで引いていますと、その中《うち》に雨も止み風も絶えて、湧き返る波の上の遠くに、電光《いなびかり》がするばかりとなりました。
すると間もなく海の上に何か真黒な大きなのが出て来て、舷《ふなばた》にドシンと打《ぶ》っつかった様子《ようす》ですから、ソレッとばかり皆が手を添えて、船の上に引き上げました折柄、又一しきり吹き出した風に忽ち空の黒雲が裂けて、磨《と》ぎ澄《す》ましたような白い月の光りが、颯《さっ》と輝き落ちて来ましたから、その光りで初めて浮き上ったものの正体を見ますと、皆の者は一度にワッと叫んで飛び退《の》きました。
真黒く、又真白く湧き返る波の飛沫《しぶき》を浴みて、船の上に倒れているものは、見るからに凄い程光る白銀《しろがね》の鏡で、ギラギラ月の光りを照り返しています。そうしてその真中には顔や手足の肉が落ちて、濡れた髪毛《かみのけ》をふ
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