すか」
と早《は》や声を震わしています。二人は香潮と聞いてハッと驚きましたが、併しこんな化物が香潮などとは思いも寄りませぬから、異口同音に怒鳴り付けました――
「馬鹿な事を云うな。香潮は貴様のような化け物ではない」
「そんな事はありませぬ。私は香潮です。私が香潮です」
と云いながら狼狽《あわて》て宇潮の傍へ走り寄ろうとしましたが、折から又もや雲の間を洩る月の光りに自分の姿がありありと鏡の中へ映りました。その姿をチラリと見ますと、化物は今度は自分の姿に驚いて、キャッと云うとそのまま眼をまわして、又もや湧き立つ大浪小浪の間に真逆様《まっさかさま》に落ち込んでしまいました。そうしてあとには只|白銀《しろがね》の鏡だけが、ありありと月の光りに輝いて残っておりました。
十一 金銀の舟
香潮《かしお》は浅ましい姿になって、不思議に生命《いのち》を長らえまして、一度は人々の前に姿を見せましたが、憐れや化物と間違えられて、そのまま又、湖の波の間に沈んでしまいました。美留藻《みるも》も最初から湖に沈んだまま姿を見せませぬ。とうとう二人共死んだ事に定《き》まりましたから、人々は泣く泣く
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