る事と思います」
 皆の者は、聞けば聞く程不思議な話に、驚いた上にも驚いて、開《あ》いた口が塞《ふさ》がりませんでした。
 両親もとうとう思案に余って、とにかくそれでは娘にこの書物を読まして一通り聞いた上で、本当《ほんと》か嘘《うそ》か考えてみようという事に定《き》めました。
 両親の許しを受けて娘が書物を読み初めると、室《へや》中の者は、皆《みんな》水を打ったように森《しん》となりました。只その中で白髪小僧ばかりは何の事やら訳がわからずに大きな眼をパチパチさせながら、娘の美しい声に聞き惚《と》れていましたが、間もなく聞き疲れてしまって、又うとうとと居睡《いねむ》りを初めました。
 お嬢様はそれには構わずに、書物を繰り拡げて高らかに読み初めました。その話しはこうでした。

     二 黒い表紙の書物

 この書物に書いてある事は、世界一の利口者と世界一の馬鹿者との身の上に起った、世界一の不思議な面白いお話しである。
 この話しを読む人は誰もこの中に書いてある事を本当《ほんと》に為《し》ないであろう。皆そんな馬鹿気た不思議な事がこの世の中に在るものかと思うであろう。唯世界一の利口な人と
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