く気を付けて次第に山深く分け入ったが、見ゆるものとては山々の燃え立つような紅葉《もみじ》ばかり。聞こゆるものとては遠くを流るる谷川の音。それさえ折々は途絶え途絶えて、空には雲一つ見えず、地には木《こ》の葉一枚動かず、気味の悪い程静かに晴れ渡った日であった。
 それでも皆気を落さずに一心になって探し続けたが、やがて正午《ひる》近くなって、人も馬もとある樫《かし》の樹の森に這入って、兵糧《ひょうろう》を遣《つか》いながら一休みしてからは、夕方ここで又会う約束で、四十人が四組にわかれて、四方の山や谷を残る処無く探した。けれども相変らず森閑《しんかん》としていて、眼指す赤い鳥は影も形も見せない。
 中にも藍丸王の十人の組は、以前《さっき》の樫の森から東側へかけて、夕方まで探していたが、最早《もはや》日が暮れかかってもそれらしい影は愚か、小雀《ことり》一羽眼に這入らぬから、皆|落胆《がっかり》して疲れ切ってしまって、約束の通り最前《さっき》の樫の樹の森へ帰ろうとした。
 するとこの時不意にどこか遠い処で、鳥のような人間のような奇態な声で歌を唄っているのを十人が一時に聞いた。
「妾《わたし》はここ
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