思議、見たか聞いたかわかったか。
藍丸国のその中で、南の国に湖の、
数ある中で名も高い、多留美《たるみ》と呼ばるる湖は、
お年寄られた父《とう》様と、妾《わたし》が魚《うお》を捕るところ。
翡翠《ひすい》の波を潜《くぐ》っては、金銀の魚《うお》を追いまわし、
瑠璃《るり》の深淵《ふかみ》に沈んでは、真珠の貝を探り取る。
捕って尽きせぬ魚《うお》の数、拾うて尽きぬ貝の数。
扨《さて》は楽しい明け暮れに、小さい船と小さい帆を、
風と波とに送られて、歌うて尽きぬ海の歌。
けれども妾は昨夜《ゆうべ》から、この身の上の幸福《しあわせ》は、
只これ切りのものなのか、それとももっとこの世には、
楽しい事があるのかと、疑わしくてなりませぬ。
今朝《けさ》明け方に見た夢の、扨も不思議さ面白さ。
漁師であった父様が、美留楼公爵様となり、
おわかれ申した母《かあ》様と、兄《にい》様|姉《ねえ》様お揃いで、
十幾年のその間、楽しく暮したものがたり。
銀杏《いちょう》の文字のお話しの、惜しいところであと絶えて、
石神様のお話しは、わが身の上の事となり、
白髪小僧と青眼
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