夢の御姿《おんすがた》、
 白いお髪《ぐし》の御方《おんかた》を、又無いものと慕《しと》うては、
 淋しく暮す身の上を、誰かあわれと思おうか。

 よしや憐《あわ》れと思うても、よしや不憫《ふびん》と思うても、
 昨夜《ゆうべ》の夢をくり返し、又見る術《すべ》はないものを、
 青い空には雲が湧く、けれども直ぐに散り失せる。
 黒い海には波が立つ、けれども直ぐに消えて行く。
 消えぬ妾のこの思い、見たか聞いたか解ったか。

 空行く鳥を追い止むる、それより難《かた》いこの願い。
 早瀬の香魚《あゆ》を掬《すく》い取る、それより難いこの願い。
 夢かまことかまだ知らぬ、うつつともないまぼろしを、
 愚かに慕うこの心、見たか聞いたか解ったか」
 藍丸王は我れを忘れてこの歌に聞き惚《と》れていた。そうして昨夜《ゆうべ》の夢の続きでも見ているように、美留女姫の姿を想い浮めていると、暫《しばら》く黙っていた鸚鵡は又もや頭を低く下げて前と同じ声の同じ節で違った歌を唄い出した。
「青い空には雲が湧く、けれども直ぐに消え失せる。
 黒い海には波が立つ、けれども直ぐに凪《な》いでゆく。
 昔ながらの世の不
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