、眼を驚かし耳を驚かさぬものはなかった。
けれども白痴《ばか》の白髪小僧の藍丸王は、相変らず悠々と落ち付いて、まるで生れながらの王ででもあるように、ニコニコ笑いながら澄まし込んで、大勢の家来に平常《ふだん》よりずっと気高く有り難く思わせた。
けれどもこの日の内に藍丸王が心から美しい、可愛らしい、珍しい、不思議だと感心したらしいものが只一ツあった。それは一羽の赤い羽子《はね》を持った鸚鵡であった。この鸚鵡は最前《さっき》の紅木という総理大臣の息子で、平生《ふだん》王の御遊び相手として毎日宮中に来ている紅矢《べにや》という児《こ》が、今日は少し加減が悪くて御機嫌伺いに参りかねます故《から》、代りの御慰《おなぐさ》みにと云って遣《よこ》したもので、王の室《へや》の真中の象牙張《ぞうげば》りの机の上に籠《かご》に入れて置いてあったが、奇妙な事にはその歌う声が昨夜《ゆうべ》夢の中《うち》で聞いた美留女姫の声にそっくりで、眼を瞑《つぶ》って聞いていると姫が直ぐ側に来ているように思われた。
その上にも不思議な事には、何事に依らず見た事は見たまま、聞いた事は聞いたままその場限りで綺麗に忘れて了《
前へ
次へ
全222ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング