是非申し上げなければならぬ事が御座いますから」
「濃紅がどうしたというのだ」
「エエッ。最早《もはや》王様は御忘れ遊ばしましたか。彼《か》の御約束を御忘れ遊ばしましたか」
「忘れはせぬ。けれども約束を守るなぞという事は大嫌いになった。昨日《きのう》の王と今日の王は別人だ。そんな約束を守らなくともよい。もしその濃紅姫とやらを后に為《し》たいと思うならば、最前《さっき》国中に布告《ふれ》さした通りに、今日から一週間の後《のち》に、国々の女と一所に宮中へ差し出せ。もし気に入ったら后にしてやる。帰ってその事を妹に知らして、支度をさせておけ。間違うと許さぬぞ。その他に用事は無い。帰れ」
 と世にも無法な言葉です。紅矢は今日まで、両親《ふたおや》よりも、妹共よりも、誰よりも慕わしく懐かしく、天にも地にも二人と無い、慈悲深い気高い王様と思い込んでいたのに、今は鬼よりも無慈悲な、獣《けだもの》よりも賤《いや》しい御心になられて、その声までも虎のように荒々しくなられた事が解かりました。その上に今まで、何よりも楽しみにしていた濃紅姫の事を、王は自分で約束しながら、自分で破って、あられもない国々の賤《いや》
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