えていた。
 ところが或る日の朝の事であった。姫は昨夜も夜通しまんじりとも為《し》なかったので、呆然《ぼんやり》しながら起き上って顔を洗い御飯を喰べて、何気なく縁側に出て庭の景色に見とれた。丁度秋の半ば頃で庭には秋の草花が露に濡れて、眼眩《めまぐる》しい程咲き乱れていたが、姫は又もやお話の事を思い出して、吁《ああ》、あの花が皆|善《い》い魔物か何かで、一ツ一ツに面白い話しを為《し》てくれればいいものを、彼《か》の林の中に囀《さえず》っている小鳥が天人か何かで、方々飛びまわって見て来た事を話して聞かせるといいいものをと独《ひと》りで詰《つま》らなく思っていると、不意に耳の傍で――
「美留女姫、美留女姫」
 と奇妙な声で呼ばれたので、吃驚《びっくり》してふり向いた。見るとそれはつい昨日《きのう》の事、美留女姫の兄様の美留矢《みるや》が、明日《あす》王様に差し上げるからそれまで飼っておいてくれと云って、美留女姫に預けた一羽の赤い鸚鵡《おうむ》で、美留矢の家来が東の山から捕《と》って来たものであった。美留女姫はこれを見ると淋《さび》しい笑みを浮かめて――
「まあ、お前だったのかい、今呼んだのは
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