生れ付きお話が大好きで、毎日一ツ宛《ずつ》新しいお話を聞かねばその晩眠る事が出来ないのが癖《くせ》であった。姫の両親《ふたおや》はそのために、毎日毎日新しいお話の書物を一冊|宛《ずつ》買ってやったが、今は最早《もはや》その書物が五ツの倉庫《くら》に一パイになってしまった。この上にはどこの書物屋を探しても、今までと違った新しいお話の書物は、一冊も無いようになってしまった。
 ところがここに一ツ困った事には、この美留女姫は大層|物憶《ものおぼ》えがよくて、どんなに古く聞いた話でも少しも間違わずにはっきりと記憶《おぼ》えていて、初めの二言三言聞けばすぐにあとの話を皆思い出してしまうから、古い書物を二度読んで聞かせる訳には行かなかった。それかといって、この上に新しいお話は世界中に只の一ツも無いのだから、姫は毎日毎晩新らしいお話が聞きたくて聞きたくて夜もおちおち眠る事が出来なかった。
 けれども姫は両親《ふたおや》にこの事を話すと、却《かえっ》て心配をかけると思ったから、毎晩|故意《わざ》とよく眠ったふりをして我慢《がまん》しながら、どうかして新しい珍らしいお話を聞く工夫はないかと、そればかり考
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