光りを放つ魚が、金色銀色の泡を湧かしながら、右往左往にヒラヒラと泳ぎまわり、中には不思議そうに眼玉を動かしながら、美留藻の顔を覗《のぞ》きに来たり、または仲よさそうに身体《からだ》をすり付けて行くのもあります。
その中《うち》に湖の底と見えて、沢山の宝石が一面に敷き並んで、色々の清らかな光りを放っている処へ来ました。
何しろ美留藻は生れて初めて、こんな不思議な美しい処へ来たのですから、感心のあまり暫くは夢のように、恍惚《うっとり》と見とれていましたが、又鏡の事を思い出しまして、斯様《かよう》な美しい処に隠して在る鏡というものは、どんな美しい不思議な宝物であろう。早く見付けたいものだ、と思いながら、又もや長い深い藻を掻き分け、魚を追い散らして、宝石の上を進んで行きますと、間もなく向うの一際美しい藻の林の間に、チラリと人間の影が見えました。扨《さて》は香潮さんが最早来ているのかと思いまして、急いでその方へ足を向けますと、向うでも気が付いたと見えて、この方《ほう》へ急いで来る様子です。その中《うち》にだんだん近寄って参りますと、香潮と思ったのは間違いで、彼《か》の夢の中で見た美留女姫に寸分違わぬ、凄い程美しいお姫様《ひいさま》がたった一人、静かに歩いて来るのでした。美留藻は今更にその美しさに驚いて思わず立ち止まりますと、向うも美留藻の姿を見付けて、驚いたような顔をして歩みを止めました。美留藻はこれは屹度《きっと》夢の中の美留女姫が現われて、妾に鏡の在《あ》り所《か》を教えにお出でになったに違いない。そうして妾は矢っ張り旧来《もと》の通りの美留藻で、お姫様でも何でもなかったのだと思いまして、あまりの恥かしさに顔を手で隠しますと、先方《むこう》でも顔に手を当てました。自分の真似をされて、美留藻はいよいよ恥かしくなって、宝石の上にペタリと座りますと、先方も亦ペタリと座ります。オヤと思いながら立ち上って向うを見ますと、向うも矢張り立ち上ってこの方《ほう》を見ていました。試しに両手を動かして見ますと、向うでも動かします。足を踏みますと先方《むこう》も踏みます。
扨《さて》はと思って近寄って見ますと、これが紛《まぎ》れもない白銀の鏡で、今まで美留女姫と思ったのは自分の姿が向うに映っているのでした。
美留藻は驚いた余りに、我れを忘れて、あっと叫ぼうとしましたが、その拍子《ひょう
前へ
次へ
全111ページ中44ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング