白髪小僧
夢野久作
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)銀杏《いちょう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|遣《や》ると云い出しました。
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った
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第一篇 赤おうむ
一 銀杏《いちょう》の樹
昔或る処に一人の乞食小僧が居りました。この小僧は生れ付きの馬鹿で、親も兄弟も何も無い本当の一人者で、夏も冬もボロボロの着物一枚切り、定《きま》った寝床さえありませんでしたが、唯《ただ》名前ばかりは当り前の人よりもずっと沢山に持っておりました。
その第一の名前は白髪《しらが》小僧というのでした。これはこの小僧の頭が雪のように白く輝いていたからです。
第二は万年小僧というので、これはこの小僧がいつから居るのかわかりませぬが、何でも余程昔からどんな年寄でも知らぬものは無いのにいつ見ても十六七の若々しい顔付きをしていたからです。又ニコニコ小僧というのは、この小僧がいつもニコニコしていたからです。その次に唖《おし》小僧というのは、この小僧が口を利いた例《ためし》が今迄一度もなかったからです。王様小僧というのは、この乞食が物を貰った時お辞儀をした事がなく、又人に物を呉《く》れと云った事が一度も無いから付けた名前で、慈善小僧というのは、この小僧が貰った物の余りを決して蓄《た》めず他の憐《あわ》れな者に惜《お》し気《げ》もなく呉れて終《しま》い、万一他人の危《あやう》い事や困った事を聞くと生命《いのち》を構わず助けるから附けた名前です。その他不思議小僧、不死身小僧、無病小僧、漫遊小僧、ノロノロ小僧、大馬鹿小僧など数えれば限りもありませぬ。人々は皆この白髪小僧を可愛がり敬《うやま》い、又は気味悪がり恐れておりました。
けれども白髪小僧はそんな事には一切お構いなしで、いつもニコニコ笑いながら悠々《ゆうゆう》と方々の村や都をめぐり歩いて、物を貰ったり人を助けたりしておりました。
或る時白髪小僧は王様の居る都に来て、その街外《まちはず》れを流れる一つの川の縁に立っている大きな銀杏の樹の蔭でウトウトと居睡《いねむ》りをしておりました
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