野《あれの》のその只中に
見るもの聞くもの何にも無くて
たった一人の淋しさつらさ
堪《こら》え切れずに天地を恨み
吾が身を怨んで死んでしまった」
残る怨みのその一念が
眼玉に移って女に化けて
口に残って坊主になって
鼻に移って赤児に化けて
耳に残って爺《じじい》になって
今はこの世で藍丸王に
昔の主人の淋しさつらさ
思い知らせる時が来た」
花が咲いても紅葉《もみじ》をしても
風が吹いても時雨《しぐれ》が来ても
見えもしなけれあ聞こえもしまい。
飢《う》えも渇きもせぬその代り
どんな御馳走《ごちそう》貰ったとても
味もわからず香気《におい》も為《し》まい」
鞭に打《ぶ》たれて血が浸《し》み出ても
痛くもなければ悲しくもない。
音も香《か》も無い不思議な身体《からだ》。
この世に居ながらこの世を知らぬ。
夜か昼かは愚かな事よ
我が身の在り家も我が身に知らぬ
世にも淋しい憐《あわ》れな生命《いのち》」
世界の初めの石神様が
闇へと生れて闇へと帰る
たった一人の淋しい心
思い知ったか。思い知れ」
と口々に唄って踊っていたが、やがて赤ん坊が一声ギャッと叫ぶと一所に、四人は一度に燃え立つ火の中へ飛び込んで終《しま》った……と思う間もなく燃え上る火の中から、一人の少年が髪毛《かみのけ》の色から衣服《きもの》まで藍丸王そっくりの姿で、藍丸王の眼の前に踊り出した。見ると今までの藍丸王はいつの間にか見すぼらしい乞食の白髪小僧の姿に変って終《しま》って、緑色の房々した髪の毛も旧来《もと》の通り雪のように白くなっていた。
この有様を見た新規の藍丸王は、忽ちカラカラと笑って、直ぐに傍の焚火の中へ右手を突込んで掻きまわしながら、高らかに呪文を唱えた――
「世界中の何よりも赤い
世界中の何よりも明るい
世界中の何よりも美しい
火の精、血の精、花の精――
その羽子《はね》が羽ばたけば
瞬《またた》く間に天の涯
すぐに又土の底
一飛びに駈け廻る――
その紅《あか》い眼の光りは
夜も昼も同様に
千里万里どこまでも
居ながらに皆わかる――
声という声、音という音
皆聞いて皆真似る――
声の精、言葉の精、歌の精――
赤い鸚鵡出て来い」
と叫びながらその手を火の中から引き出すと、その拳《こぶし》の上には一匹の赤い鳥
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