には何にも聞かれぬ恨み
鼻には湖の香|埃《ほこり》のかおり
他には何にも嗅《か》がれぬ恨み
舌には話しの相手も無くて
泣くも笑うも只身一ツの
淋《さみ》しい淋しい怨みを籠めて
あとに残して死んでしまった」
見たい見たいが眼玉の望み――
耳は何でも聞きたい願い――
鼻は何でも嗅《か》ぎたい願い――
舌は何でも話したい――
俺等《おいら》が主人《あるじ》の石神様の
怨みの籠もった四つの道具」
書物から出た瘠せ女。
笛から湧き出たお爺さん。
月琴から出た裸体《はだか》の赤児《あかご》。
鈴から出て来たクリクリ坊主」
四人の家来は石神様の
この世を咀う使わしめ」
坊主の持ってる木の鈴は
王の口をば閉じるため。
女の持ってる書き物は
王の眼玉を潰すため。
赤児の持ってる月琴は
王の鼻をば塞《ふさ》ぐため。
爺《じじい》の持ってる石笛は
王の耳をば鎖《とざ》すため。
そうして王を追い出して
四人が代りに王様の
一人の姿に化け込んで
王の威光を振りまわし
勝手な事を為度《した》いため」
面白い。面白い。有難い。有難い。
占めた。占めた。旨い。旨い。
王様に。なる時が来た。
この国とって。我儘云うて
楽しみをする時が来た」
とこんな風に繰り返し繰り返し唄っては踊り、踊っては唄いしていたが、その内に真裸体《まっぱだか》の赤ん坊が、糸の無い月琴を弾き止《や》めると、皆一時にピタリと踊りを止《や》めて、手に手に持っている道具を藍丸王に渡した。
藍丸王が何気なく、クリクリ坊主から振り子の無い木の鈴を受け取ると、こは如何《いか》に、急に唇や舌が痺《しび》れて仕舞って声さえ出なくなった。次に瘠せ女から白紙の書物を受け取ると、今度は眼が見えなくなった。赤ん坊から月琴を受け取ると鼻が利かなくなってしまった。爺《じじ》から笛を受け取るととうとう耳まで聾《つんぼ》になって、どっちが西やら東やら、自分がどこに居るのやら、全く解からなくなってしまった。
この体《てい》を見た四人の魔者は、又もや嬉しそうに藍丸王の周囲《まわり》を踊り廻わって――
「藍丸王はとうとう死んだ。
生きていながら死んで終った。
この世に居ながらこの世に居ない」
面白面白面白い。
俺等《おいら》の主人の石神様は
眼も見え耳も聞こえていたが
広い荒
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