しま》う白髪小僧の藍丸王が、彼《か》の美留女姫の姿や声だけははっきりとよく記憶《おぼ》えていたものと見えて、今しも宴会が済んで自分の室《へや》に連れられて帰ると直ぐに、この赤鸚鵡の声に耳を留《と》めて、着物を着かえる間《ま》も待ち遠しそうに、急いで傍の銀の椅子に腰を卸《おろ》すとそのまま一心にその歌に聞き惚《と》れた。
 その歌の節は云うに及ばず、文句までも昨夜《ゆうべ》の夢の美留女の読み上げた歌によく似ていた。
「青い空には雲が湧く、けれども直ぐに消え失せる。
 黒い海には波が立つ、それでも直ぐに消えて行く。
 昔ながらの世の不思議、見たか聞いたか解かったか。

 昨夕《ゆうべ》妾《わたし》が見た夢の、扨《さて》も不思議さ恐ろしさ。
 白髪小僧の物語。そして妾の物語。

 その又夢の中で見た、この身の上のおしまいに、
 昨夜《ゆうべ》どこかの森|中《なか》へ、白髪小僧と逃げ込んで、
 樹の根に倒れたそれ迄は、妾は美留楼《みるろう》公爵の、
 第三番目の女の子、名をば美留女というたのに、
 今朝《けさ》眼が覚めて気が付けば、扨も不思議や見も知らぬ、
 藍丸国の大臣で、紅木と名乗る公爵の、
 第三番目のお姫様《ひいさま》、これはどうした事でしょう。

 着物も家も何もかも、すっかり変って吾が名さえ、
 美紅《みべに》とかわっておりまする。只変らぬは御両親、
 お兄様や姉様や、又は家来の顔ばかり。

 これは夢かと疑えば、傍から皆《みんな》笑い出し、
 お前は何を云うのです、何か夢でも見たのかえ。
 お前は旧来《もと》からこの家《うち》の、可愛い可愛い美紅姫。

 ずっと前からお話が、何より何より大好きで、
 御本ばかりを読み続け、夢中になっておった故、
 いくらか気持が変になり、十幾年のその間、
 他《た》の処へ居たという、馬鹿気た長い夢を見て、
 それを本当にして終い、寝ぼけているのに違いない、
 可笑《おか》しい人と皆《みんな》から、お笑い草にされました。

 けれども妾はどうしても、今の妾が本当か、
 昔の妾が夢なのか、疑わしくてなりませぬ。

 妾の今が夢ならば、あれだけ皆《みんな》で笑われて、
 また疑っている筈は、どう考えてもありませぬ。
 昔の妾が本当《ほんと》なら、まだ夢を見ぬその前を、
 少しも思い出す事が、出来ない筈はありませぬ。
 今も昔も本当《
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