った。

     六 大臣と漁師

 これから後《のち》、藍丸王が見たいろいろの出来事は、当り前の者ならばその都度《つど》驚いて、眼でも眩《ま》わして終わなければならぬような事ばかりであった。
 今日は藍丸国王の御誕生日だというので、紅木《べにき》公爵という、丈の高い、黒い髪を生やした、あの美留女《みるめ》姫のお父様によく肖《に》た総理大臣と、沢山の護衛の兵士に連れられて、お城の北の紫紺樹《しこんじゅ》という樹の林の中に在る、石神の御廟《みたまや》に朝の御参りをしたが、その時沢山の兵士が皆一時に剣を捧げて敬礼をした時の神々《こうごう》しかった事。それから宮中の大広間に出て、大勢の尊い役人や、この国の四方を守る四人の王様や、その家来達から、一々御祝いの言葉を受けた時の厳《おご》そかだった事。又は美事な十二頭立の馬車に乗って、前後を騎兵に守らせながらお城の南の広い野原に出て、何万何千とも知れぬ兵隊の観兵式を行《や》らせた時の勇ましかった事。それから夜になって、宮中に催された大音楽会と、大舞踏会と、大晩餐会《だいばんさんかい》の大袈裟《おおげさ》であった事。その他見る者聞くもの何一ツとして、眼を驚かし耳を驚かさぬものはなかった。
 けれども白痴《ばか》の白髪小僧の藍丸王は、相変らず悠々と落ち付いて、まるで生れながらの王ででもあるように、ニコニコ笑いながら澄まし込んで、大勢の家来に平常《ふだん》よりずっと気高く有り難く思わせた。
 けれどもこの日の内に藍丸王が心から美しい、可愛らしい、珍しい、不思議だと感心したらしいものが只一ツあった。それは一羽の赤い羽子《はね》を持った鸚鵡であった。この鸚鵡は最前《さっき》の紅木という総理大臣の息子で、平生《ふだん》王の御遊び相手として毎日宮中に来ている紅矢《べにや》という児《こ》が、今日は少し加減が悪くて御機嫌伺いに参りかねます故《から》、代りの御慰《おなぐさ》みにと云って遣《よこ》したもので、王の室《へや》の真中の象牙張《ぞうげば》りの机の上に籠《かご》に入れて置いてあったが、奇妙な事にはその歌う声が昨夜《ゆうべ》夢の中《うち》で聞いた美留女姫の声にそっくりで、眼を瞑《つぶ》って聞いていると姫が直ぐ側に来ているように思われた。
 その上にも不思議な事には、何事に依らず見た事は見たまま、聞いた事は聞いたままその場限りで綺麗に忘れて了《
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