にかけなかった。その上に自分が白髪小僧であった事なぞは疾《とっ》くの昔に忘れてしまっている。そして只眼を丸く大きくパチパチさせながら頭を今一度軽く左右に振った切りであった。
青眼は、いよいよ王があの夢を見ていないのだと思うと、急に安心したらしく、ほっと嬉《うれ》しそうな溜《た》め息《いき》をした。そして又|恭《うやうや》しく長いお辞儀をしながら――
「王様。私はこのように安堵《あんど》致した事は御座いませぬ。夜分にお邪魔を致しましていろいろ失礼な事を申し上げた段は、幾重《いくえ》にも御許し下さいまし。最早《もう》夜が明けて参りました。小供達を喚《よ》んで朝のお支度を致させましょう」
と云った。
老人が又改めて長い最敬礼をして退くと、入れ交《かわ》って空色の着物を来た最前《さっき》の小供等が六人、今度は手に手に種々《いろいろ》な化粧の道具を捧げながら行列を立てて這入って来て、藍丸王に朝の身支度をさせた。
一人がやおら手を取って王を寝床から椅子へ導くと、一人は大きな黄金《きん》の盥《たらい》に湯を張ったのを持って、その前に立った。傍の一人は着物を脱がせる。他の一人は嗽《うがい》をさせる。も一人は身体《からだ》中を拭《ぬぐ》い上げる。残った一人はうしろから髪を梳《す》く。おしまいの一人は香油《においあぶら》を振りかける。皆順序よく静かに役目をつとめて、先《ま》ず黒い地に金モールを附けた着物を着せ、柔らかい青い革の靴を穿《は》かせ、金銀を鏤《ちりば》めた剣を佩《は》かせて、おしまいに香油を塗った緑色の髪を長く垂らした上に、見事な黄金《きん》の王冠を戴《いただか》せて、その上に厚い白い、床に引きずる位長い毛皮の外套《がいとう》を着せたから、今まで着物一枚に跣足《はだし》でいた白髪小僧の藍丸王は、急に重たく窮屈なものに縛《しば》られて、身動きも出来ない位になった。それから六人の小供達は三組に分れて、室《へや》の三方に付いている六ツの窓を開いて、朝の清らかな光りと軽い風とを室一パイに流れ込ませた。そうして暁の透《す》き通った青い光りの裡《うち》にうつらうつら瞬く星と、夢のように並び立っている宮殿《ごてん》と、その前の花園と、噴水と、そのような美しい景色を見て恍惚《うっとり》としている藍丸王を残して、種々《いろいろ》の化粧道具と一所に、六人の小供はどこへか音も無く退いてしま
前へ
次へ
全111ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング