つの間にか逃れ出て、女王様に取り憑いたと見えまする。こうなれば王様と女王様には、秘密に致す要も御座いませぬ。却《かえ》ってその秘密を破って、何も彼《か》も御話し下されました方が悪魔を退治るのに都合がよろしゅう御座います。ここには仕合わせと王様と私より他に聞いているものは御座いませぬ。何卒《どうぞ》御構いなく御話し下さいませ。決定《きっと》女王様の御心の迷いを晴らして、悪魔を退治て差し上げましょう」
と云いながらも女王の手をしっかりと握り締めました。女王は最早《もう》立っている力も無くて床の上に頽折《くずお》れました。そうして――
「ハイ。何卒《どうぞ》聞いて下さい。そうしてよく考えて妾《わたし》を助けて下さい」
と云いながら、涙を拭い拭い言葉を続けました――
「妾はあの夢を見てから後《のち》は、明け暮れ自分の室《へや》に閉じ籠もって、美留女《みるめ》姫であった昔が本当か、今の美紅の身の上が本当か考えましたが、どうしても解りませんでした。そうしてこれが解からぬ内は、何をしても張り合いがないような気がして、誰に何と云われても何も為《す》る気になりませんでした。紅矢……兄様のお怪我も……濃紅姉様の身の上も……何だか……夢のような気がしていたので御座います。
すると丁度そのお兄様がお怪我遊ばした日の事、妾は青眼先生がお出でになるという事を聞き、扉の隙間からソッと覗いていましたが、前をお通りになる先生の御姿を一目見るや否や、妾は扉をしっかり閉じると、そのまま気絶してしまいました。青眼先生は妾の思い通り、あの夢の中で、妾を悪魔だといって殺そうとしたお方で御座いましたから、もし見付かったらどうしようと思ったからで御座います。
それからどれ程位の間気絶したままでいましたものか、不図気が付いて見ますと、時分は丁度真夜中で、妾はいつの間にか戸棚の中に突立っています。そうして戸棚の扉の鳥の形をした透《すか》し彫《ぼ》りが、丁度眼の前に見えます。
妾は暫くの間は何事かわからずに、ぼんやりと鳥の透し彫りから洩れて来るラムプの光りを見詰めたまま突立っておりました。もしやこれはまだ本当に眼が醒めずに、夢を見ているのではないかと思いました。ですから妾はよく心を落ち付けて、眼をしっかりと見開いて、鳥の透し彫りから覗いて見ました。そうして室《へや》の中に灯《とぼ》れている丸|硝子《ガラス》の
前へ
次へ
全111ページ中97ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング