行燈の、薄黄色い光りで向うを見ますと、妾は自分の眼を疑わずにはおられませんでした。妾の寝台《ねだい》の上には、妾の寝巻を着た、妾そっくりの女が、平然《ふだん》妾がする通りに髪毛《かみ》を寝台の左右に垂らして、スヤスヤと睡っているでは御座いませんか……ハッと驚いて自分の着物を探って見ますと、どうでしょう。妾の着物はいつの間にか、奇妙な男の着物とかわっていたので御座います」
「貴女そっくりの女。そうして貴女は男の着物……」
と青眼先生は魘《おび》えたような声で申しました。
二十三 自分の寝姿
外に立っている紅木大臣も、この時両方の拳《て》も砕けよと握り締めましたが、女王も亦《また》恐ろしくて堪《たま》らぬように、身を震わして答えました――
「ハイ。昨日《きのう》海の女王と名乗って、お眼見得に来た時の姿と同じ男の着物でした」
「してそれから貴女《あなた》はどうなされましたか」
「妾はあまりの不思議に身動き一つ出来ず、自分の寝姿を見詰めていました。そしてその中《うち》にどちらが妾なのかわからなくなりました。妾が美紅《みべに》か、向うが美紅か。妾が美紅ならばあの眠っているのは誰であろう。睡っているのが美紅ならば、この醒めている妾は何者であろう。もしや妾が何かの魔法で、二人にされているのではあるまいか。それでなくてこんなによく肖《に》ている筈はない。それとも身体《からだ》が向うに残って、心がこちらにあるのではあるまいか。それならばこの身体は誰の身体であろう。又は心が向うに幽霊になって抜け出して現われているのであろうか。それならばこの心は誰の心であろう。どちらが本当であろう。どちらが嘘であろう。両方とも本当か。両方とも嘘か。向うとこちらは別か一所か。もしや眼の迷いではあるまいか。心の迷いではあるまいか。それとも夢かまぼろしかと、すっかり迷ってしまいまして、今にも太陽の光りがさし込んで来たらば、妾は消え失せてしまうのではないか。それでなくとも、このまま戸棚の外に出たならば、直ぐに眼が覚めるのではあるまいかと、迷って、恐れて、震えて、立ち竦んでおりますと、不意に窓の外に人の来る気はいがしました。
妾はこの時何だか自分の身の上に、怖ろしい事が起りかかっているように思われて、恐ろしさの余り呼吸《いき》を吐《つ》く事も出来ませんでした。そうして戸棚の中から一心に、窓の処
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