》のようになって、一足飛びに飛び出しましたが、いつ迄も往来に出ずに同じ処ばかりぐるぐるまわっていますから、紅木大臣は自烈度《じれった》がって――
「エエ。何をしているのだッ」
と叫びましたが、見ると馬はいつの間にか、紅木大臣の屋敷の中にある、大きな丸い馬場の中に駈け込んで、死に物狂いに駆けまわっています。紅木大臣は歯噛みをして――
「エエッ。この畜生ッ。表門へ出るのだッ」
と罵《ののし》りながら、馬をキリキリ引きまわして、花園も芝生も一飛びに、表門に飛び出しましたが、その時はもう最前の騎兵は疾《とっ》くに王宮に帰り着いている頃でした。
紅木大臣は王宮の表門を這入ると、一直線に玄関まで乗り付けて、馬からヒラリと飛び降りましたが、帽子はいつの間にか吹き飛んで了《しま》っていました。そうして取り次の者も待たずに勝手知った奥の方へズンズン這入って行きますと、今日は平生《いつも》と違って王宮の中はどの廊下もどの廊下も鎧を着た兵士が立っていて、皆|鞘《さや》を払った鎗《やり》や刀を提《ひっさ》げて、奥の方を一心に見詰めながら、素破《すわ》といわば駈け出しそうにしています。けれども紅木大臣はそんなものには眼もくれず、つかつかと奥へ進み入って、王様のお居間に参りましたが、そこには只玉座ばかりで王も女王もおいでになりませぬ。そうしてずっと向うの腰元の室《へや》から、思いがけない青眼先生の慌てた声で――
「女王様。お気を静かに。お気を静かに」
と云うのが聞こえましたから、扨《さて》はと思ってその方に急ぎました。
ところが腰元部屋の入り口に来て中を一眼見るや否や、紅木大臣は身体《からだ》中の筋が一時に硬《こ》わばって、そのまま床から生《は》えた石像のように突立ちながら、中の様子を睨み詰めました。
室《へや》の真中には綺麗な白木の寝台があって、その上には絹張りの雪洞《ぼんぼり》が釣るしてありました。寝台の上には死人があると見えて、白い布《きれ》が覆せてあり、寝台の四隅の足には四人の宮女と見える女が髪をふり乱して気絶したまま、グルグル巻きに縛り付けてあります。寝台の向うにこちら向きに椅子を置いて、腕を組んで、眼を閉じて座っているのは藍丸王で、寝台の前には青眼先生が突立って、両手をさし展《の》べています。そしてその手に縋《すが》って、青眼先生の顔を見上げている、女王の姿をした者の顔
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