らせが来るか。最早《もう》王宮からお祝いの品物が届くかと待っておりましたが、とうとうその日一|日《じつ》は何の知らせもありませぬ。紅木大臣は心配のあまり家来を町に出して人の噂を聞かせますと、お目見得に来た女は六人共、皆宮中に留っているとの事で、詳《くわ》しい事はよくわかりませぬ。その中《うち》にやがて翌る朝になって、夜がやっと明けかかった時、紅木大臣は室《へや》の窓を開いて王宮の方を見ました。すると王宮の方から馬の蹄鉄《ひづめ》の音が高く響いて来て、その一ツは青眼先生の家《うち》の方へ行き、一ツは自分の家の門の中へ駈け込んで、玄関の処でピタリと止まりました。紅木大臣はこれは屹度《きっと》濃紅姫が后になったその知らせのための使いであろうと思って、取り次の者も待たずにツカツカと玄関に出て見ますと、案の定、背《せい》の高い騎兵が一人、見事な逞《たく》ましい馬を控えて立っています。
 その騎兵は紅木大臣を見るとハッと固くなって敬礼をしました。そうしてはっきりとした言葉付で――
「女王様からのお言葉で紅木大臣へ直ぐ宮中にお出で下さるようにとの事で御座います」
 と申しました。
「何。濃紅女王様が俺《わし》に直ぐ来いと仰せられたか」
 これを聞くと騎兵はキョトンと妙な顔をしました。
「イエ。女王様は濃紅という御名《おんな》では御座いませぬ」
「エエッ。ナ、何という」
 騎兵は紅木大臣のこう云った声と見幕に驚いて震え上って了《しま》いました。そうして六尺にあまる大きな身体《からだ》をブルブルと戦《おのの》かせて返事も出来ずにいますと、紅木大臣はつかつかと玄関の石段を降りて来て騎兵の胸倉をぐっと掴みました――
「ナ、何という……御名《おな》だ」
「ウ……海の女王」
「どんなお方だ」
「美しい……お方」
「馬鹿者……それはわかっている。どんなお姿だ」
「紫の髪毛を垂らして」
「エエッ」
「銀の剣《つるぎ》と……コ、金剛石の……」
「何ッ」
「オ……男の着物を召して……」
「悪魔だッ……」
 と叫びながら紅木大臣は、騎兵を突き飛ばして奥へ駈け込みました。そうして何事と驚く家の者には一言も云わず、剣を腰に吊るして外套を着て帽子を冠《かむ》るが早いか、廏《うまや》へ行って馬を引き出して鞍も置かずに飛び乗りますと、イキナリ馬の横腹を破れる程|蹴《けり》付けました。
 馬は驚いて狂気《きちがい
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