きました。そこには青眼先生が鉄になった紅矢の死骸と氷になった美紅《みべに》姫の死骸とを二つ並べてじっと睨み詰めたまま、枯れ木のように突立っていました。
 紅木大臣は静《しずか》にその傍に歩み寄って、じっと二つの浅ましい死骸の姿を見ておりましたが、やがて今まで堪《こら》えに堪えていた涙が一時《いっとき》に眼に溢《あふ》れて、両方の頬を流れては落ち、流れては落ちました――
「紅矢、美紅……お前達はどうしてそんな姿になったのだ。どんな罪を犯してそんな罰《ばち》を受けたのだ。お父様は今朝《けさ》濃紅姫が家を出る時、たった一目お前等二人に会わせてやりたかった。けれどももし濃紅姫がお前達の姿を見たらば、どんなにか驚くであろうと思って、無理矢理に我慢をした。けれどもこの胸は張り裂けるようであったぞ。許してくれ、濃紅姫。噫《ああ》、妻よ。お前も辛かったであろう。お前の云うのは尤《もっと》もだ。紅矢は鉄になった。美紅は氷になった。残るは濃紅只一人。どこへも遣りたくないのは尤もだ。遣りたくない遣りたくない。けれども遣らねばならぬ。遣るならば両親《ふたおや》が附き添うて、腰元に供《とも》させて、華やかに喜び勇んで遣りたかった。けれどもそれも出来なかった。身内の者が死ねば、その血筋の者はその日|一日《いちじつ》と一夜《ひとよ》の間、宮中へ出られないのがこの国の掟だ。だから紅矢や美紅はまだ生きている事にして、お前を宮中に出そうと思ったが、そのために又|却《かえ》って驚かして、悲しまして、涙と一所に送り出した。
 噫《ああ》、兄は鉄になった。妹は氷になった。あとに残ったたった一人は、花で飾った馬車に乗って女王になるために泣きながら王宮に行った。女王になるのが何の嬉しかろう。王宮が何で楽しかろう。ああ。ああ。俺は気違いになりそうだ」
 その声は次第に高まってしどろもどろに乱れて来ました。とうとう立っていられなくなって、両手を顔に当てたまま床の上に泣き倒れましたが、間もなくよろよろと立ち上って、
「石神に祈ろう。石神に祈ろう。濃紅姫の無事を祈ろう」
 と云いながら室《へや》をよろめき出て行きました。
 あとに残った青眼先生は、矢張り二ツの死骸を見つめたまま立っていました。けれども紅木大臣がこの室《へや》を出ると間もなく、有り合う椅子にドッカと腰を下して、腕を組み眼を閉じてじっと考え込みました。そう
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