ました。けれども又思い直しまして、この婆さんは決して悪い気で云っているのではあるまい。屹度占いを間違えて、それを本当にして心配して、自分に教えてくれるのに違いないと考え付きましたから、それならば一つその証拠を見て、それから間違っている事を教えてやろうと思いまして――
「では、お婆さん、その証拠を見せておくれ」
と頼みました。
「その証拠というのは、これ、この果物で御座います」
と云いながら婆様《ばあさん》は、手に持った果物の籠を見せました。
「何、その果物が証拠とは……」
と紅矢は驚いて中を覗きますと、中には見事な林檎が七ツ這入っておりました。
「妾はこれでその占いを立てたので御座います。御覧遊ばせ、七ツ御座いましょう。丁度悪魔の数で御座います。これを倍にすると美紅姫のお年になります。つまり美紅姫は悪魔に取り付かれて身体《からだ》が二ツになって、その半分は今貴方の御命をつけねらっているという事になります」
「馬鹿な。そんな事があるものか。都からここまでは何百里とあるものを」
と又紅矢は馬鹿馬鹿しくなって笑い出しました――
「ではその果物が美紅姫だと云うのかえ」
「イイエ。そうでは御座いませぬ。けれども悪魔の美紅姫はこの果物の直ぐ傍に居るという事で御座います」
「何、私の傍に」
と紅矢は思わずそこらを見まわしましたが、そこは丁度|只《と》ある森の中の橋の上で、あたりには人一人通らず極く淋しい処でした……と思う間もなくどうした途端《はずみ》か、お婆さんは不意に今まで大切に抱えていた果物の籠を、馬の上から取り落しまして――
「あれっ。大変だア」
と叫びながら、自分も一所に馬の上から転がり落ちて、周章《あわて》て果物を拾おうとしましたが、生憎《あいにく》果物は橋板の上を八方に転がり出して、大方河の中へ落ちてしまいました。するとお婆さんは俄《にわか》に泣き声を張り上げて――
「あれッ。大切な果物が皆河へ落ちた。王様へ差し上げる占《うらない》の果物は皆流れて行って終う。ああ、勿体ない。勿体ない。あれ、取って下さい。取って下さい。誰も取ってくれなければ妾が行く」
とそのまま欄干《てすり》に走り寄って、今にも飛び込もうとしました。これを見た紅矢は驚くまい事か、「お婆さん、危い」と叫びながら直ぐに馬から飛び降りて、お婆さんを抱き止めて、代りに自分が素裸体《すはだか》にな
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