で御座います。けれども貴方のお家の災がどんな災か、はっきり前からわかるためには、妾《わたし》はまだもっと貴方のお家の中の事に就《つ》いて、お尋ね申し上げねばならぬ事が御座います。貴方は少しも隠さずに、私が尋ねる事をお答えになりますか」
「ああ、どんな事でも。屹度《きっと》」
「ではお尋ね致しますが、貴方の末のお妹さんは、美紅《みべに》姫と仰《おっ》しゃるのですね」
「そうだ」
「その美紅姫は貴方とお顔付きがよく肖《に》ておいでになりますか」
「ああ……よく肖《に》ていて、着物を取りかえると一寸わからない位だよ」
「その美紅姫に就いて、この頃何か不思議な事は御座いませぬか」
「ああ、よく知っているね。お婆さん。本当《ほんと》に私はその妹の事に就て解からない事があるのだよ。一体その美紅姫は、小さいときからお話が何より好きで、今まで毎日毎日お話の書物ばかり読んでいたのだが、この頃急にそのお話が嫌いになって、只一人自分の室《へや》に閉じ籠もって何かしきりに考えながら、折々解からない解からないと独言《ひとりごと》を云っているのだよ。だから皆心配してその訳を聞いて見るけれども、どうしてもその訳を云わないで、只明けても暮れても解からない解からないと云い続けている。けれども別段病気でもなさそうだから、打っちゃらかしておくのだよ」
「まあ、そうで御座いますか。それでやっとわかりました。それではその美紅姫は、黒い大きな眼をした、眉《まゆ》の長い、そして紫色の髪毛《かみのけ》が地面まで引きずる位、長いお方では御座いませんか」
 紅矢はこのお婆さんが、自分の妹の事を、どうしてこんなによく知っているのかと、怪しみながら答えました。
「そうだよ。それにすこしも違《ちがい》はない」
「フム、そうで御座いましょう。ではもしやその美紅姫は、この間の朝不思議な夢を御覧になりはしませんでしたか」
 この言葉を聞いた紅矢はあまりよく中《あた》るのに驚いてしまって、口を利く事が出来ず只やっとうなずいたばかりでした。けれども婆さんは構わずに――
「フム。フム。フム。いよいよ妾の占いは本当だ。では今一つお尋ね申し上げます。その美紅姫がその夢を御覧遊ばした朝、お眼が覚めて吃驚《びっくり》なすった時、窓の処に一匹の赤い鳥が居はしませんでしたか」
 紅矢はもう、余りの不思議に呆《あき》れてしまって、只深いため息をつく
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