長らへて罪業を重ねむより、死して地獄の苛責に陥《お》ち、今までの罪の報いを受けむこそ中々に心安けれ。一念《いちねん》弥陀仏《みだぶつ》、即滅《そくめつ》無量《むりやう》罪障《ざいしやう》と聞けど、わが如き極重悪人の罪を救はれざらむ事、もとより覚悟の前ぞかし。南無《なむ》摩里阿《マリア》如来《によらい》。南無摩里阿如来と両手を合はせて打泣き/\方丈に帰り来りつ。さて流るゝ涙を堰《せ》きあへず。迫り来る心を押し鎮めて此文を認《したゝ》め終りぬ。
われ今より彼《か》の窖《あなぐら》に炭俵を詰めて火を放ち、割腹してそが中に飛入り、寺と共に焼け失せて永く邪宗の門跡を絶たむとす。たゞ此の文と直江志津の一刀のみは鐘楼の鐘の下に伏せ置き、後日の証拠《あかし》とし、世の疑ひを解かむ便《よすが》とせむ心算《つもり》なり。
なほ刀の中心《なかご》に刻みし歌は、わが詠みしものを下の村の鍬鍛冶《くはかぢ》に賃して刻ませしもの也。唐津藩に齎《もた》らし賜はらば藩公の御喜びあるべく、此文の偽《いつはり》ならざる旨も亦明らかなるべしと思ひ計《はか》りてなせし事なり。歌の拙《つた》なきを笑ひ給ふ事なかれ。
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