ともなるべきぞや。去年の春、此処《こゝ》へ迷ひ来給ひし時、見知り給ひしなるべし。毎年の事なり。暫く辛棒し給へ。臭くとも他人の垂れしものには非《あら》ざるべしと云ふ。扨《さて》は彼《か》の時の珍花の種子を此《この》男の取置きしものなりしかと思ひけれども、何とやらむ云ひ負けたる気はひにて心納まらず。小賢《こざか》しき口返答する下郎かな。腹の足しにもならぬ花の種子を蒔きて無用の骨を折らむより此《この》間、申し付けし庫裡《くり》の流し先を掃除せずや。飯粒、茶粕の類《たぐ》ひ淀み滞《とゞこほ》りて日盛りの臭き事|一方《ひとかた》ならず。半月も前に申付けし事を今以て果さぬは如何《いか》なる所存にか。主人に向ひて口答へする奴。その分には差し置かぬぞと睨《ね》め付くれば、彼《か》の馬十首を縮めて阿呆の如く舌を出し。われはお奈美様をこそ主人とも慕ひ、女神様とも仰ぎ来つれ。御身の如き片輪《かたは》風情の迷ひ猫を何条《なんでう》主人と思はむや。御身が此の馬十を憎み、疑ひ咀《のろ》へる事を、われ早くより察し居れり。打ち果さむとならば打ち果し給へ。万豪和尚様の御情にて生き伸び来りし此の生命《いのち》。何の惜しむ
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