なる縁故《えにし》に当る人ぞと畳みかけて問ひ掛くるに、その時、お奈美殿の落付きやう尋常ならず。そのお話は後より申上ぐべし。まづ/\此の死骸を片付くるこそ肝要ならめ。参詣の人々の眼に止まりなば悪《あ》しかりなむ。こや/\馬十よ/\。お客様に水参ゐらせぬか。荒縄持ちて来らずやと手をたゝくに、最前の逞ましき寺男、勝手口より落付払ひて、のそ/\と入り来り、改めてわれに一礼し、柄杓《ひしやく》の水を茶碗に取りてわれにすゝめ、和尚の死骸を情容赦もなくクル/\と菰《こも》に包み、荒縄に引つくゝりて土間へ卸しつ。さて血潮にまみれたる障子と板の間を引き剥がし、裏口を流るゝ谷川へ片端《かたはし》より投込む体《てい》、事も無げなる其面《そのおも》もち。白痴か狂人かと疑はれ、無気味にも亦恐ろしゝ。
 かゝる間に若衆姿の奈美殿は、方丈の方《かた》の寝床を片付けて、われを伴ひ入り、かぐはしき新茶をすゝめつゝ語るやう。さるにても御身の唐津を立|退《の》き給ひし時、申すも恥かしき吾が不躾《ぶしつけ》、御咎めも無く、わが心根を察し賜はりて、継母と仲人への怨《うらみ》を晴らし賜はりし男らしき御仕打ち、今更に勿体なく有難く
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