てよく見れば、長崎にて噂にのみ聞きし南蛮新渡来の燧器械付《ひうちぎかいつき》、二|聯筒《れんづゝ》なり。使ひ狃《な》れたる和尚の物腰、体の構へ、寸毫の逃るゝ隙も見えざりけり。
さては此の和尚。天台寺の住寺とは佯《いつは》り。まことは切支丹《キリシタン》婆天蓮《バテレン》の徒《ともがら》と思ひしが、それも佯《いつは》り。そのまことは、かゝる山中に潜み隠れ居る山賊夜盗の首領なりしかと今更に肝を消しつ。片面鬼三郎生年二十四歳、此処に生命《いのち》を終るかと観念の眼を閉ぢむとする折しもあれ、和尚の背後、方丈に通ふ明障子《あかりしやうじ》の半《なかば》開きたる間より紫色の美しき物影チラ/\と動けり。最前見たる色若衆《いろわかしゆ》と思《おぼ》しく半面をあらはして秘かに打ち笑《ゑ》みつ。手真似にて斬れ/\。その鉄砲は無効々々《だめだめ》と手を振る体なり。
扨《さて》は天の助くる処か。心は神業《かみわざ》。運命は悪魔のわざとこそ聞け。一か八かと思ふ間あらせず。背後の上り框《かまち》に立架《たてか》けたる錫杖取る手も遅く、仕込みたる直江志津の銘刀抜く手も見せず。真正面より斬りかゝる。その時、和尚の
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