より筑前領の大島に出で、彼処《かのところ》より便船を求めて韓国《からくに》に渡り、伝へ聞く火賊《くわぞく》の群に入りて彼《か》の国を援け、清《しん》の大宗の軍兵に一泡噛ませ呉れむと思ひし也。
 人の運命より測り知り難きはなし。
 われ、かく思ひて其の夜すがら三坂峠を越え行くに、九十九折《つゞらをり》なる山道は、聞きしに勝る難所なり。山気漸く冷やかにして夏とも覚えず。登り/\て足下を見れば半刻ほど前に登り来りし道、蜿々として足下に横たはれり。飴色の半月低く崖下に懸れるを見れば、来《こ》し方《かた》、行末《ゆくすゑ》の事なぞ坐《そゞ》ろに思ひ出でられつ。流るゝ星影、そよぐ風音にも油断せずして行く程に何処《いづこ》にて踏み迷ひけむ。さまで広からぬ道は片割月の下近く、山畠の傍なる溜池のほとりに行き詰まりつ。引返さむとして又もや道をあやまりけむ。山道次第に狭まり来りて、猪、鹿などの踏み分けしかと覚ゆるばかり。山又山伝ひに迷ひめぐりて行くうちに、二十日月いつしか西に傾き、夜もしら/″\と明け離るれば、遥か眼の下の山合《やまあひ》深く、谷川を前にしたる大きやかなる藁屋根あり。浅黄色なる炊煙ゆる/\立
前へ 次へ
全60ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング