の終りは唐紅《からくれなゐ》の血となりて初花の鼻と唇より迸り出づる。
 続いて残る九人の生命《いのち》が相次ぎて磔刑柱《はりつけばしら》の上に消え行く光景《ありさま》を、眼も離さず見居りたるわれは、思はず総身水の如くなりて、身ぶるひ、胴ぶるひ得堪へむ術《すべ》もあらず。わなゝく指にて裾を紮《から》げ、手拭もて鉢巻し、脇差の下緒《さげを》にて襷《たすき》十字に綾取る間もあらせず。腕におぼえの直江志津を抜き放ち、眼の前なる青竹の矢来を戞矢《かつ》々々と斬り払ひて警固のたゞ中に躍り込み、
「初花の怨み。思ひ知れやつ」
 と叫ぶうち手近き役人を二三人、抜き合せもせず斬伏《きりふ》せぬ。
 素破《すは》。狼藉よ。乱心者よと押取《おつと》り囲む毬棒《いがばう》、刺叉《さすまた》を物ともせず。血振ひしたるわれは大刀を上段に、小刀を下段に構へて嘲《あざ》み笑ひつ、
「やおれ役人|輩《ども》。よつく承れ。
 役人の無道を咎むる者無きを泰平の御代とばし思ひ居るか。かほどの無道の磔刑《はりつけ》を、怨み悪《にく》む者一人も無しとばし思ひ居るか。
 われこそは生肝取りの片面鬼三郎よ。汝等が要らざる詮議立てして
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