つゝ乱るゝ黒髪、颯《さつ》と振り上げて左右を見まはすうち、魂切《たまぎ》る如き声を立てゝ何やら叫び出《いだ》せば、海を囲《かこ》める数万の群集、俄《にはか》にピツタリと鳴りを静め、稲佐の岸打つ漣の音。大文字山を越ゆる松風の音までも気を呑み、声を呑むばかりなり。
「皆様……お聞き下さりませ。
 わたくしは此の長崎で皆様の御ひいきを受けました初花楼の初花と申す賤しい女で御座りまする。
 今年の今月今日、十六歳で生命《いのち》を終りまする前に、今までの御ひいきの御礼を皆様に申上げまする。
 なれども私は亡きあとにて皆様の御弔ひを受けやうとは存じませぬ。たとひ、どのやうな悪道、魔道に墜《お》ちませうとも此の怨みを晴らさうと存じまする。
 皆様お聞き下されませ。
 わたくしは切支丹ゆゑに殺されるのでは御座いませぬ。大恩ある母上様を初め、御いつくしみ深い御楼主様、鴇母様《おばしやま》、新造様《あねしやま》までも皆、お役人衆のお憎しみの為めに、かやうに磔刑《はりつけ》にされるので御座りまする。
 私は日本《ひのもと》の女で御座りまする。父母《ちゝはゝ》に背《そむ》かせ、天子様に反《そむ》かせる異人の
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