親にやあらむと思ひしに、果せる哉。時刻となり。中央の床几より立上りたる陣羽織物々しき武士が読み上ぐる罪状を聞くに、初花の母親が重き病床より引立てられしもの也。又、初花の右なる男は初花楼の楼主。左なる二人の女は同楼の鴇手《やりて》と番頭新造にして、何《いづ》れも初花の罪を庇《かば》ひし科《とが》によりて初花と同罪せられしものなりと云ふ。初花楼に対するお役人衆の憎しみの強さよと云ふ矢来外の人々のつぶやき、ため息の音、笹原を渡る風の如くどよめく有様、身も竦立《よだ》つばかりなり。
 やがて捨札《つみとが》の読上げ終るや、矢来の片隅に控へ居りし十数人の乞食ども、手に/\錆びたる槍を持ちて立上り来りアリヤ/\/\/\と怪しき声にて叫び上げつゝ初花太夫を残したる九人の左右に立ち廻はり、罪人の眼の前にて鑓《やり》先をチヤリ丶/\と打ち合はし脅やかす。これ罪の最《もつとも》重きものを後に残す慣はしにて、かくするものぞとかや。
 その時、今まで弱げに見えたる初花、磔刑柱《はりつけばしら》の上にて屹度《きつと》、面《おもて》を擡《もた》げ、小さき唇をキリ/\と噛み、美しく血走りたる眥《まなじり》を輝やかし
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