根には人の垣を築きたるが如く、その中に海に向ひて三日月形に仕切りたる青竹の矢来に、警固、検視の与力、同心、目附、目明《めあかし》の類、物々しく詰め合ひて、毬棒《いがばう》、刺叉《さすまた》林の如く立並べり。その中央の浪打際に近く十本の磔柱《はりつけばしら》を樹《た》て、異人五人、和人五人を架け聯《つら》ねたり。異人は皆黒服、和人は皆|白無垢《しろむく》なり。
時|恰《あたか》も正午に近く、香煙に飢ゑたる、わが心、何時《いつ》となく、くるめき弱らむとするにぞ、袂に忍ばせたる香煙の脂《あぶら》を少しづゝ爪に取りて噛みつゝ見物するに、異人たちは皆、何事か呪文の如き事を口ずさみ、交る/\天を傾《あふ》ぎて訴ふる様、波羅伊曾《はらいそ》の空に在《ま》しませる彼等の父の不思議なる救ひの手を待ち設くる体なり。されども和人の男女達はたゞ、うなだれたるまゝにて物云はず。早や息絶えたる如く青ざめたるあり。たゞ五人の中央に架《か》けられたる初花太夫が、振り乱したる髪の下にてすゝり上げ/\打泣く姿、此上もなく可憐《いぢ》らしきを見るのみ。その左の端に蓬たる白髪を海風に吹かせつゝ低首《うなだ》れたるは初花の母
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