、恐ろし気に身を震はして心を取直し居る体なり。
傍の下役人左右より棒を構へ、声を揃へて大喝一声、
「踏めい……踏み居らぬか」
と脅やかすに初花は忽ち顔色蒼白となりつ。そを懸命に踏み堪《こら》へて、左褄高々と紮《から》げ、脛《はぎ》白《しろ》き右足を擡《もた》げて、踏絵の面《おもて》に乗せむとせし一刹那、
「エイツ……」
と一声、足軽の棒に遮り止められ、瞬く間に裲襠を剥ぎ取られて高手小手に縄をかけられつ。母《かゝ》しやま/\と悲鳴を揚げつゝ竹矢来の外へ引かれ行けば、並居る役人も其の後よりゾロ/\と引上げ行く模様《さま》、今日の調べはたゞ初花太夫一人の為めなりし体裁《ていたらく》なり。
われ不審晴れやらず。思はず傍《かたはら》を顧るに派手なる浴衣着たる若者あり。われと同じき思ひにて茫然と役人衆の後姿を見送れる体《てい》なり。われ其の男に向ひて独言《ひとりごと》のやうに、
「絵を踏まむとせしものを、何故に切支丹なりとて縛《いまし》めけむ」
とつぶやきしに彼《か》の若者、慌しく四周《あたり》を見まはし、首を縮め、舌を震はせつゝ教へけるやう、
「御不審こそ理《ことわり》なれ。彼《か》の
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