て見し紅化粧したる天女たちとは事変り、その物腰のあどけなさ、顔容《かほばせ》のうひ/\しさ、青葉隠れの初花よりも珍らかなり。
 われ、かく思ひつゝも恭しく礼を返し、教へられし方に立去らむとせしが、又、忽ちに心変りつ。四隣《あたり》に人無きを見済まして乙女の背後より追ひ縋り、足音を聞いて振り返る処を、抜く手を見せず袈裟掛《けさが》けに斬り倒ふし、衣服を剥ぎて胸を露《あら》はし、小束《こづか》を逆手《さかで》に持ちて鳩骨《みぞおち》を切り開き、胆嚢《たんなう》と肝臓らしきものを抉《ゑぐ》り取りて乙女の前垂に包み、傍の谷川にて汚れたる手足と刀を洗ひ浄めつゝ一散に山を走り降り、胆《きも》の主《あるじ》が教へ呉れし通りに山峡の間を抜け、村里と菜種畠をよぎり行くに、やう/\にして日の暮れつ方、灯火《ともしび》美くしき長崎の町に到り着きつ。夕暗《ゆふやみ》の中に彼《か》の花畑の中の番小舎の扉を叩きぬ。
 番人の瘠せ枯れたる若き唐人、驚き喜びて迎へ入るゝに、下の土室《あなぐら》にて待兼ねたる黄駝の喜びは云ふも更なり。わが携へたる生胆を一眼見るより這《こ》は珍重なり。お手柄なり。たしかに十七八歳なる乙女
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